『私はワタシ over the rainbow』

うちの大学では先週〈関学レインボーウィーク〉という、LGBTに代表される多様性を尊重するイベントがあり、その一つの催し物として映画『私はワタシ over the rainbow』の上映会とトークショーが行われた。トークショーには、監督の増田玄樹さん、プロデューサーの東ちづるさん、出演者を代表して長谷川博史さんが来てくださり、制作の経緯や今後の展開などについて話を聞くことができた。私は、このイベントを企画されたものの、残念ながら先日亡くなられた榎本てる子先生との縁で司会をつとめたのだが、タイムキープ以外ほとんど何もしないで済んだような、とても楽しいトークショーだった。

『私はワタシ over the rainbow』はLGBTsセクシャルマイノリティー50人にインタビューを行った記録映画である。自己と他者と多様性をめぐる様々な言葉の粒の記録とでもいえようか。そしてただ話を聞いているだけなのに、何故か90分間ずっと見入ってしまう、そういう映画である。その秘密の一つは、出演者の言葉が強く印象的だからあまり目立たないけれども、実は映像がとても美しいからだ。とても写真的なのである。

社会問題を人に伝えるのに映像の美しさは実はとても重要である。かつてシカゴ大学で社会学を学んだルイス・ハインは、児童労働の写真を通してその問題を指摘したのだが、何よりその写真は美しく、それがゆえにこそ人々はその問題に気づいたのだった。ルイス・ハインの教え子であり、おそらくハインよりもはるかに有名なモダニズムの写真家ポール・ストランドも、社会格差や労働環境の問題を訴える美しい写真を数多く残している。美しい写真は残る。そして人はそれに気づくのである。

増田さんと東さんは、『私はワタシ over the rainbow』をLGBT教材として学校に届けるプロジェクトを行っている(私も僅かながら協力させていただいた)。教育用にエディションをかえて子供たちに届けるという。美しく写真的なあの映像が子供たちの中に届くことを願っている。

Leica CL w/VoightLander Nokton classic 40mm 1.4 S.C., AGFA VistaPlus200

ディストピアと連帯と

KyotoGraphieはのべ3日にわたって通ったものの、残念ながら、第一展示場である京都新聞ビル印刷工場跡に行くことが出来なかった(それ以外は全て回ったのに)。中心部を上手に回れなかった(枠外でラルティーグやアーウィットを回ってしまった)り、丹波口の展示を優先してしまったからである。しかしそれで良かった理由の一つは、丹波口でギデオン・メンデルの映像を見られたこと。写真も良かったが、いくつものモニターで洪水のシーンが同時に映し出され、それぞれ別々の場所、別の時間なのに、同じような問題に対して同じような作業を行う人々や家族を同時に見ることで、不幸の場所や時間や人の違いは捨象され、われわれ感覚のようなものが浮かび上がってきた。彼のこれまでの作品(ナショナル・ジオグラフィックに掲載されたものなど)からディストピアや環境問題がその主題として論じられるし、実際そうだと思うのだけれども、同時にそれらを引き受けるわれわれ同士の結びつきを撮っているとも思わされた。それがおそらく写真や映像の力なのだろう。あの映像はとても美しかった。もう一度見たい。

Leica CL w/Carl Zeiss Planar 50mm 2.0, AGFA VistaPlus200

ブラックパンサー

たまたまロンドンの黒人写真家や英国ブラックパンサー運動の話を小さな原稿に書いた後に、京都国際写真祭でステファン・シェイムズの写真を見た。シェイムズは米国ブラックパンサー党の写真を撮っていた写真家である。昨年テイトモダンでSoul of a Nationという黒人の権利運動とアートの展示を見たこともあり、彼の写真は知っていたのだけれども、実は今回初めて彼が白人であったことを知った。ボビー・シールの昔からの友人だったことで写真を撮ることになったらしい。来日していたというから、会ってみたかった。

Leica CL w/VoigtLander COLOR SKOPAR 35mm 2.5, AGFA VistaPlus 200

春展

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学生会館で写真部の春展が行われているので顔を出してきた。一応顧問だけど、作品を見ても名前を見ても、ほとんど顔が浮かんでこない。あだ名だと少し分かる。もう少し顔を出さないと、と思う。その向かいでは写真サークルの展示が行われているのでこちらにも顔を出してきた。実はこちらの顧問でもある。どちらも、もっと自由に撮ればいいのにと少し思う。もっと大きく焼くか、小さいのを沢山か、でもいいかもしれない。そうすればきっともっと楽しい。

Leica CL w/VoigtLander COLOR SKOPAR 35mm 2.5, AGFA VistaPlus 200

でもたぶん写ってる


昨年に親戚からもらったOLYMPUS PEN EESは1962年に発売された自動化されたハーフサイズのカメラ。このカメラにはもらったときからフジフィルムのHR12枚撮りが残されていた。HRだから主に1980年代、30年前に使われたフィルムだと思う。でこのフィルム、何枚撮られていたのか分からないが、捨てるのはさすがに申し訳ないので、念のため他のフィルムと一緒に現像に出したところ、「何も写っていませんでしたのでスキャンしませんでした」という連絡とともにネガとして戻ってきた。何か写っていたら親戚に渡そうと思っていたが、それもなくなった。ところが昨晩、とくに見ることもなく捨てようと思ったときに、ふと何げなく電灯にかざしてみると、何となくコマ割りが見える、ような気がした。

ライトボックス(まだ持っている)を引っ張り出してきてネガを置いてみたところ、何枚かのコマにうっすらと何か、あるいは誰かが写っている、ような気がする。そこで今度はフィルムスキャナーに入れてみたのだが、あいにく読み込まない。機械の目には何も写っていないようだ。ただしじっと見ると、やはり何かが写っている。何かが写っているのだけれども、それが何かは分からない。でもたぶん写ってる。

さて、どうしよう。

オリンパス Pen D 1型を使う

オークションでOlympus Pen Dを落札した。1962年から1964年まで製造された1型。レンズはOlympus F.Zuiko 1:1.9 f=3.2cm 、要するに32mmF1.9。24枚撮りのカラーフィルムを30本ほど安く買い込んだので、ハーフサイズであれば沢山撮れるだろうという目論みなのだが、結果は上の通り、悪くない。この個体のコンディションが良かったのだろう。ただし目測。でも目測も慣れれば何とかなるものだ。

Olympus Pen D, AGFA VistaPlus 200

フィルムっぽい画

ようやくフィルムを諦める方向で機材やレンズをいろいろ試行錯誤していて、そのさい、フィルムっぽい画にするにはどうしたらいいのかというある種倒錯した考えがムクムクと湧いてくる。「ある種倒錯した」というのは、「フィルムっぽい画」そのものは、実はフィルムしかなかった時代にはなかった感触であり考えだから。実際に欲しいのは、ああいう色であったり、ああいうタッチであったりするわけで、だったら手持ちの機材でそれを実現するしかないかなあと思いながら、ようやくいろいろ試してみる。しかしそれはそれとして、フィルムで撮っていたフィールドの続きをデジタルで撮るのはやはり難しい。なんか合わないんだな。

SONY ILCE-7M2 w/Biogon 28mm 2.8 ZM
SONY ILCE-7M2 w/Biogon 28mm 2.8 ZM